香港

 
  • 1.外務省ホームページ 各国・地域情勢

  • 2.旅行情報(空港、ホテル、換金/TC、治安など)

    <香港へ>
    香港へは日本から数多くの直通便が出ている。
    中華人民共和国(以下、中国と略称)広東省から列車や高速バスで香港に入ることができる。たとえば、広東省広州市からは列車で2時間ほどの距離である。広東省から香港に入る際には入国審査を受ける必要がある。
    <香港にて>
    換金/TC:街頭にある両替所で手軽に両替をおこなうことができる。ほとんどの両替所では、日本円⇔香港ドルだけでなく、人民元などの両替も扱っている。ただし、両替所によってレートは多少異なる。恒生銀行などの銀行でも両替をすることができるが、手数料が多めにかかる。なお、銀行ではTCも使用が可能である。
    治安:2010年現在、外務省から渡航危険情報は発信されていない。香港の治安はアジア諸国のなかにあっても比較的良い方である。ただし、スリや置き引きなどの小さなトラブルは頻繁に発生している。また、見知らぬビルや、人気のない所を一人で出歩くことは、なるべく避けた方が良い。
    <香港から>
    香港からフェリーでマカオに行くことができる。また、フェリーでは、大陸中国(広東省)に行くことも可能である。空港から深?までのフェリーも出ている。
    香港から列車で大陸中国に行くことができる。大陸中国に出る方法は二種類ある。第一は、東鉄線の羅湖駅または落馬州に行き、そこで入国審査を受けて広東省深?市に出る方法。第二は、紅ハム駅から九龍直通車に乗り、深?駅、東莞駅、広州(東)駅に出る方法である。日本国籍の人であるならば、二週間以内はビザなしで大陸中国に滞在することができる。
    香港から東南アジア諸国をはじめとする飛行機便が数多く出ている。九龍半島にあるHIS香港支部では日本語で航空券を購入することが可能である。
  • 3.医療情報

    香港の医療制度は、公的医療と私的医療とに分けられる。前者は、香港政府が運営するもので、相対的に医療費が安く、予約は必要ない。日本の総合病院に性質が似ている。香港大学付属病院などに代表される。後者は、教会や医師協会が個人が運営するもので、相対的に費用が高く、予約が必要となる。日本のクリニックに近い。
  • 4.通信環境

    国際都市のわりにはインターネット・カフェの数が少ないので、注意が必要である。近年、「台湾式」(実際には台湾経由の日本式)の漫画喫茶が増えているが、慣れないうちは見つけるのに苦労する。ホテルなどの通信環境を使うことをお勧めする。
    ホテルによってはインターネットの使用が可能である。だが、ワイヤレス・ブロードバンドサービスを有料で提供しているホテルが多いので、無線LANが内蔵されているパソコンを持参するのがよい。ファーストフード、バー、レストランでも備え付けのパソコンでインターネットのサービスを提供しているところがある。ただし、日本語を使えるかどうかは端末によって異なる。
    日本の民宿であるラッキー・ゲストハウスやゴダイゴ・ゲストハウスでは、日本語のインターネットを有料で使うことができる。
  • 5.ビザ、調査許可

    日本国籍の人であるならば、90日間以内はビザなしで香港に滞在できる。それ以上の滞在には居留ビザが必要である。居留ビザがないと留学はできない。
    日本人経営の民宿であるラッキー・ゲストハウスでは、中国の観光ビザを代理で申請・取得するサービスをおこなっている。申請手続きには、ビザの申請費用(滞在期間によって異なる)と写真1枚が必要である。
    大陸中国とは異なり、特に調査規制はない。
  • 6.カウンターパート、来日経験のある研究者

    香港は大学の数がそれほど多くない。主要大学に香港大学、香港中文大学、香港科技大学、香港理工大学などである。そのうち、香港を研究する40歳代、50歳代の人文・社会科学系研究者の多くは、香港中文大学に留学経験をもっている。
    人類学・歴史学関係では、王向華(香港大学)、蔡志詳(香港中文大学)、張展鴻(香港中文大学)らの教授陣が日本とつながりが深い。著作、共著の出版、あるいは講演などを日本でおこなっている。
  • 7.大学図書館、アーカイブス、本屋

    香港大学、香港中文大学などの大学図書館は、紹介状があれば利用が可能である。
    香港中央図書館(所在地:銅鑼湾)においても、専門書、学術雑誌、一部の博士論文などの資料が入手可能である。一階の端末にて資料を検索すると、必要な資料の開架/蔵書地点が掲載してある。一部の資料は番号通り棚に並べてあるが、専門書や学術雑誌は書庫に保管してある場合が多いので、カウンターの係員に問い合わせて必要な資料を書庫から取り出してもらう。係員は、一般的に、広東語だけでなく、英語や中国語も話すことができる。コピーは一枚0.5香港ドル(7円相当)でできる。
  • 8.機材・資料の持ち出し、持ち込み

  • 9.調査グッズの現地調達

    パソコン、テープレコーダー、カメラ、文房具用品など、必要な調査グッズはほぼすべて現地調達できる。日本からの機材の持ち込みも基本的には問題ない。
    ジャスコや高島屋など日本のデパートも多く入っているので、調査時の生活用品なども十分に調達可能である。
    調査時の移動には、オクトパス・カード(八達通)があると便利である。香港での移動は主にバスや地下鉄となるが、小銭を要求されることが多い。オクトパス・カードは日本の「スイカ」や「イコカ」に相当するが、電車だけでなく、バスなど他の交通機関、およびコンビニやチェーン店での買い物にも適用することができる。また、香港中央図書館でのコピーも、オクトパス・カードを使うと便利である。オクトパス・カードは、地下鉄の駅、または空港のエアポートエクスプレス・チケット売り場などにて係員が販売している。
  • 10.日本人研究者情報/これまでの調査、科研

    ● 香港における日本人研究者
    <人類学・民俗学>
    田中一成(東京大学)、可児弘明(慶応大学)、白鳥芳郎(上智大学)、比嘉政夫(沖縄大学)、渡邊欣雄(中部大学)、斗鬼正一(江戸川大学)、吉原和男(慶応大学)、瀬川昌久(東北大学)、西澤治彦(武蔵大学)、中生勝美(桜美林大学)、沼崎一郎(東北大学)、三尾裕子(東京外国語大学)、深尾葉子(大阪大学)、志賀市子(茨城キリスト教大学)、芹澤知広(奈良大学)、日野みどり(金城学院大学)、河合洋尚(中山大学)、稲沢努(東北大学・博士院生)
    <都市学・社会学・地理学>
    水岡不二雄(一橋大学)、大橋健一(立教大学)、高橋強(創価大学)、小野寺淳(横浜市立大学)、河口充勇(同志社大学)、中村聡(九州大学)
    <歴史学・建築史学>
    濱下武志(東京大学)、村松伸(東京大学)、高木桂蔵(静岡大学)、帆苅浩之(川村学園女子大学)
    <国際政治学・経済学・法律学・福祉学>
    中島嶺雄(東京外国語大学)、戸張東夫(産業能率大学)、森川眞規雄(同志社大学)、今井理之(愛知大学)、中園和仁(広島大学)、廣江倫子(大東文化大学)、谷垣真理子(東京大学)、沢田ゆかり(東京外国語大学)、佐藤久夫(日本社会事業大学)
    <言語学>
    千島英一(熊本大学)、辻伸久(慶応義塾大学)、吉川雅之(東京大学)、西田文信(麗澤学院大学)

    ● 香港における日本人による主な学術研究のこれまで
    人文・社会科学および自然科学のあらゆる領域を総括すると、香港の研究はこれまで数多くなされてきた。また、香港はしばしば、他地域の研究者により、比較の対象としても研究が進められてきた。故に、それらの研究および研究者情報を逐一挙げることができないので、以下ではフィールドワークを主軸とする人類学・民俗学を中心とし、主に3つの段階に分けて香港研究史の概要を紹介する。
    <1.萌芽期(~1970年代)>
    香港は1842年から1997年までイギリスの植民地であった。それゆえ、19Cからイギリスをはじめとするヨーロッパ諸国が香港に着目しており、宣教師、行政関係者、学者によるモノグラフが残されてきた。しかし、それに反して戦前までの日本が香港に注目することは少なかった。戦前までの日本は、植民地支配の地であった旧満州国や台湾をはじめとし、中国各地の調査報告を残している。だが、香港は巨大な中国のなかで限られた一部にしぎなかったし、何よりイギリス軍が優勢的であったこの地で日本が系統的なフィールドワークをなすことは困難であった。1941年から1945年の間、日本軍は香港を占拠したが、短い期間であったためか特に大きな研究業績は見当たらない。
    戦後、大陸中国にてフールドワークをすることが難しくなると、香港と台湾は「残余中国」として中国研究者たちの主要なフィールド地となった。バーバラ・ウォード、モーリス・フリードマン、ジョン・カム・ジェームス・ヘイズ、ジャック・ポッター、ヒュー・ベイカーらイギリスの人類学者や歴史学者が中心となって香港新界地区にてフィールドワークをおこなった。だが、それに対して日本は1970年代まで海外での調査が難しかったため、特に目立った業績は残せていない。そのうち、田中一成による演劇研究および可児弘明による水上居民の研究は、先駆的であった。
    <2.最盛期(1980年代~1997年)>
    田中一成や可児弘明らによって日本人による香港のフィールドワークが本格的に始められた後、1980年代から90年代の間に香港に留学経験をもつ研究者によって、香港研究はさらに進められた。この時期、日本人による香港のフィールド研究は最盛期を迎えたといえる。
    可児弘明によって開拓されて以来、香港の人類学的・民族学的研究において注目されてきた研究対象の一つが、水上居民であった。白鳥芳雄教授のプロジェクトにより渡邊欣雄らが水上居民の生活を描き出しただけでなく、三尾(旧姓木内)裕子も香港の水上居民研究をおこなっている。また、渡邊は水上居民研究の一環として竜舟祭(ドラゴンボート・レース)のプロセスを記述しているが、竜舟祭については、白鳥、吉原和男、そして沖縄研究者であった比嘉政夫らも報告をなしている。他方で、香港における他の中国系住民のうち、本地人と客家人の研究を系統的になしたのが、瀬川昌久であった。瀬川は、香港における本地人の村落調査をフリードマンのパラダイムを引き継いでおこなったただけでなく、本地人と客家人との間に横たわるエスニシティ境界の変動についても論じた。また、吉原和男と志賀市子は、潮州人の団体においてフィールドワークをおこなった。
    吉原と志賀が対象としたのが、宗教団体である。テーマ別にみると、香港をめぐるフィールド研究において、宗教は、都市や親族と並んで着目されたテーマであるように思える。吉原和男が対象としたのは徳教などの新興宗教、志賀市子が対象としたのは道教であるが、その他、民間信仰や風水などの研究もおこなわれた。特に香港の風水に関しては、渡邊欣雄、瀬川昌久、大橋健一、中尾勝美、日野みどりらが、1997年までに扱った。志賀は、シャーマニズムの研究もおこなった。
    香港の研究は1990年代まで、社会学が都市(香港島・九龍半島)を、人類学が村落(新界・島嶼部)をおこなう傾向が強かった。現に1970年代以前にフィールドワークをおこなったフリードマンらの欧米人人類学者は、新界におけるフィールドワークに主に従事してきた。しかし、斗鬼正一や吉原和男らの人類学者は、都市についての論考もこの時期に書いている。また、芹澤知広は、公共住宅に着目しており、そこで空間の権力性や慈善・福祉事業についてのフィールドワークをおこなった。
    香港をめぐるフィールド調査において、親族やジェンダーも注目を集めてきたテーマであった。なかでも、瀬川昌久は、族譜などを中心として新界の宗族をめぐる調査をおこなってただけでなく、フリードマンの古典書『中国の宗族と社会』(風響社、共訳)や人類学者ジェームス・ワトソンの『移民と宗族――香港とロンドンの文氏一族』(阿吽社)を翻訳することで、香港の親族組織研究を推し進めた。他方で、ジェンダーや女性の権利については、中生勝美、深尾葉子、沼崎一郎らが調査をおこなった。
    その他、ポップカルチャー研究として、香港映画をめぐる西澤治彦のユニークな論考がある。
    <3.氷河期(1997年~)>
    以上のように最盛期を迎えた香港のフィールド研究も、1997年に香港が中国に返還されると次第に氷河期に入る。その最大の要因としては、それまでフィールドワークが困難であった大陸中国やベトナムにおいて、再びフィールドワークが可能となったことが挙げられるであろう。例を挙げると、瀬川昌久や志賀市子は広東省など大陸中国に、芹澤知広はベトナムに調査地をシフトさせており、また、吉原和男はタイ、中生勝美、三尾裕子は台湾の調査を現在は重点的におこなっている。「残余中国」としての香港の位置づけが変化したことを示していると考えられる。
    香港をメイン・フィールド地とする研究者は以上にみるようにますます減少しているものの、それでも最盛期を支えた世代によってフィールドワークが続けられている。2009年には言語学者である吉川雅之によって『「読み・書き」から見た香港の転換期』が出版されているが、この共著は、志賀市子、芹沢知広、日野みどりといった人類学者が参加しているように、フォールドワークによる成果がいまだに出され続けている。
    ただし、香港をメイン・フィールド地とする30歳代の若手研究者が、特に人類学方面では皆無に等しくなっている。隣接する広東省で、川口幸大(国立民族学博物館)、長沼さやか(国立民族学博物館)、奈倉京子(京都文教大学)、稲澤努、河合洋尚、田中孝枝(東京大学・博士院生)といった20歳代、30歳代の若手研究者が集中していることを考えると、対照的である。現在、日本人人類学者による香港のフィールド調査は、大陸中国の研究者が比較の対象としておこなうことが多い。たとえば、2000年以降、稲澤が水上居民を題目する修士論文(提出先:東北大学)にて香港に触れているだけでなく、河合は香港の都市空間と風水を題目とした修士論文(提出先:東京都立大学)を書いている。だが、香港をメイン・フィ-ルド地をとする若手研究者は、近年あまり育っていない。香港をめぐるフィールド科学は今、氷河期に入っている。
  • 11.そのほか、各地域情報など

    【エスニック状況】
    香港は中国系住民が約95%を占める。そのうち主要なエスニック集団は、本地人(あるいは広東人、広府人とも呼ばれる)、潮州人(あるいは、福佬人とも呼ばれる)、客家人、水上居民(あるいは差別語で疍民と呼ばれていた)の4系統である。ただし、中華人民共和国の成立前後より、上海系をはじめとする中国各地の出身者が少なからず香港に移民している。中国系住民の他には、出稼ぎ労働者やホーム・ヘルパーなどの身分で、インド系、フィリピン系、インドネシア系の住民が多い。少数派であるが、アメリカ人、日本人、そして宗主国であるイギリス人の住民もいる。
    【言語状況】
    公用語は英語と中国語であるが、生活の舞台では広東語が主要言語となっている。潮州人は潮州語を、客家人が客家語を解するが、彼らの絶対的多数は本地人の使用言語である広東語を同時に話すことができる(逆に潮州語や客家語を解さない若者が増えている)。広東語は、中国語の方言の一つであるが、中国語(官話)と意思疎通をとることはできない。それゆえ、特に高齢の方は中国語を解すことがむしろ少ない(離村の老婦人は中国語で一、二、三を数えることすら困難なことがある)。ホテルや図書館などの公的な場や繁華街においては一般的に英語や中国語が使えるが、広東語ができないと中国系住民を対象とするフィールドワークは困難がつきまとう。

    --河合洋尚 2010年2月23日 (火) 19:32 (UTC)

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